抹茶を飲む時にお茶碗を回す理由

よくある質問

「なぜお茶碗を回すのですか?」


テレビで、お抹茶を飲むときはお茶碗を3回回す!と見たことがあります。

と言われます。

これについていつもお答えしているのは、


私の師匠は、
おいしく飲むのが一番の心の作法
だと言っております。

その上で動作の作法があるので、回さなくてはいけないということはないんです。


ただ、お茶碗には人と同じように顔があります。

それは、作った方がここが正面だ!と思った場所かもしれないし、

ゆがみ方でここがいちばんおもしろい!と思う場所かもしれないし、

お茶をたてる人が「この人にはここの景色を見せたいなあ」と思った場所かもしれません。


その、お茶碗の顔の部分を抹茶をたてる時には自分に向けて

お客様にお出しする時はお客様に向けます。

飲む時には、そのお茶碗に礼をしつつ、

飲む時にはそのお茶碗の大切な顔を拝見しつつ、ズラします。

この、
お茶碗の顔を避けて飲む。
というのが、お茶碗を回す理由になる。

と自分は解釈しています。






では、なぜ顔を避けるのですか?

と、聞かれれば、、





なぜなんでしょうか。





私なりの解釈をお伝えすると


作者の1mmへのこだわりで形作られ、焼かれた世界に一つしかないお茶碗。

茶師の美味しさへの探求の志で満たされたお抹茶

心を整え、目の前の一人のために気持ちを込めて点てた一服


その、お茶碗の大切なお顔を汚してしまうなんて…!と私は思ったりします。


尊い…!


みたいな。


それは

お茶碗に対するやさしさであり、

適度な距離の取り方であり、

茶碗と、茶と、その先にいる人を想像したコミュニケーションが

お茶碗を回す

という行為につながるのではないでしょうか。




流派によって

右回りなのか左回りなのか

1回か、2回か、2回半か、3回か

変わってくるようです。


お茶碗を回す

よりも

お茶碗の顔を避けて飲む

と考えたらよいのではないかと思っています。



大事なこと

茶道を習う場合
先生から教わった場合は
その教えを守って頂けたらと思います。

茶道では

形ではなく心、心ではなく形。形と心のどちらも大切である。

ということが言われます。

作法の形、考え方には賛否両論あると思われます。

私は、自分の流派の作法を"教える"ということはしていません。先生としての許状を所有していないからです。

だからこそ

自分なりの解釈で

正座をして、お茶碗でお抹茶を飲むことが、ハードルの高いものではない

ということをお伝えしたいと思っています。

最初はお茶って堅苦しそうだなと思っていたけど、知ってみたら意外とすんなり受け入れられて、もっと知りたいな!

と思って頂けたら幸いです。

余談

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