茶道を始めた理由
「なにがきっかけで茶道をはじめたんですか?」と、聞いてもらう機会が多い。
家柄が茶道の関係だったとか、なにか特別なきっかけがあったのかとか、期待されているのも感じるけれど、実際のところ人生というのはいつだってフィクションよりも物語のドラマ性に欠ける。
「成蹊大学に入学する時に、肺気胸になって、入学式の数日前に入院することになりました。幸い、手術はしなくてすんだんですが、入学しても新入生歓迎期間は終わっているし、友達はいないし。家からも遠かったのでロッカーがある部活がいいなと思って掲示板を見たらテニスサークルと茶道部があって茶道を見に行きました」
「茶道部には10人の2、3年生がいて、唯一の男だった川上先輩が、男一人でさみしいから入ってよ、と自販機のアイスのプレミアムバニラを奢ってくれたので入部しました。友達もいなかったのでちょうどよくて」
と言うと、笑ってくれたり、笑ってくれなかったりする。
茶道というひとつの形態を、高尚な文化として扱うことで格式を守っているのもよく分かるけれど、もっとやわらかい、ゆるやかな茶道への関わりかたが増えると良いと、わたしは思っている。
学ぶことを続けると正解があるように思い込んでしまうことがあり、作法が!言葉づかいが!着物が!という人たちもたくさんいる。
抹茶をただのおいしい飲み物として見る人が増えてほしい。スイーツの材料として見る人は増えてきたけれど。
文化は、裾野が広いほうが、高く積み上がる。参加人口が多いほうが、活発化して、競争力ができて、質が上がる。
茶道の話をするときに競争なんて言葉を使うと「茶道は平和を目指していたんですよね」と言う人もいるけれど、どうなんでしょうか。わたしは、武力の競争ではなく美学の競争をしていたんだと思っています。
話が逸れた。
なにかをはじめるきっかけは、大したことがなくていいんだと思う。
わたしが高校時代に好きだったアニメの曲でも「はじまりだけは軽いノリでしらないうちに熱くなって」と歌っていた。
ただ、
何年もひとつのコトを続けていると、その年月の間にはやめようとどん底に落ち込むこともあれば今日のために続けてきたんだと喜びに涙する日もある。
めちゃめちゃに恥ずかしい失敗もしたし、偉い人に失礼もしたこともある。川上先輩が引退するときには茶道部を続ける理由なくなったじゃんとも思った。
それでも、自分が選んだ茶碗、お菓子、掛け軸、お花で、気持ちを込めて点てたお茶をおいしいと言ってくれる人がいるたびに、続けようと思えた。
そんな、等身大の話が茶道を始めたきっかけと続けている理由かもしれない。
思想的な部分で言うなら、茶道に感じている魅力は語り尽くせないほどたくさんある。
茶道として大成したと言われる時にさかのぼっても400年もの積み重ねがあり、茶を日本に持ち込んだ時から考えれば1300年にもなるだろうか。
気が遠くなるほどの年月の間に、気が遠くなる人の関わりのうちにアップデートされ、壊され、刷新してきた、茶にまつわる営み。
不老長寿への願い、死者の弔い、悟りへの渇望、死の受容、他者との関わり。
茶道は、ひとつの宗教のかたちとも言えるだろう。
お茶は、単にカテキンやカフェインと水分を摂取するだけの役割ではなく、生命の一瞬のはかなさを思い出すための装置だと思う。
人は今この瞬間でさえも死の可能性をふくみながら生活している。
古来身近だった死の感覚は、食料の生産量が莫大に増加した現代では理解しがたいものがあるかもしれないけれど
2019年7月、暴力的な事件によって34名の命を奪った京都アニメーションでのできごとのように、いつ何がきっかけで命の終わりを迎えるかはわからない。誰かの怨みは自分の預かり知らないところで発生することがある。
暴走トラックも、薬物の爆散も、テロも。
今生きていることは、まったく当たり前ではなく、幸運の上になりたっている。
心を静め、呼吸を整え、ジッと所作を見つめ、茶の香りを鼻孔に受け入れ、茶碗に口づけをして、一口一口抹茶を飲むことで、自己の存在を確認する。
頭の先から足の指の先まで自分の肉体で、そこからむこうの茶碗や、畳や、衣服は肉体の一部になりうるのだろうか。
空気は。
時間は。
どこからが自分でどこまでが自分なのか。
世界は自分で、自分は世界の一部で。
たった数口の抹茶を飲むだけの間に、人は茶室の中で壮大な物語に体を委ねられる。
人を殺めた人への怒りは、犯人に向かうべきなのだろうか。感情の連鎖はどこに向かい、増幅され、かたちに現れるのだろうか。
月並みでも、愛をもって、世界に向き合いたい。