Everything is better than

日記ということにします。しばらくは。

好きなことを見つけて「茶人」になるまでの経緯

好きなことで生きられるようになった

大学生のころにはじめた「茶道」が好きで、「お茶」に関わる生き方をしたいと思って、やってきました。もう5年目になりますが、東京各所、北海道夕張市三重県鳥羽市岐阜県飛騨古町、静岡県東伊豆町、静岡浜松市静岡県森町などで、合計6000人以上の方にお茶を楽しんでもらうことで生きてきました。


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そんななか、「好きなことで生きている」についての相談を受けたりします。「好きなことで生きていきたい」というイメージはあってもそれぞれの人で悩みが違います。

そもそも好きなことがない
なにが自分の好きなことかわからない
たくさん好きなことがあってしぼることができない

などのパターンがあるでしょうか。

「自分でやりたいことを決められないから、いっそのこと家業がある家に生まれて自動的に2代目とか3代目とかをやりたかった」なんて話も聞いたことがあります。

僕も、今では「茶人」と名乗り、お茶にかかわることをなんでもやると言って、イベントの企画や運営、茶道のパフォーマンスや、お茶ドリンクでの出展、地域での交流カフェの運営、お茶のおいしい淹れ方講座の企画などをやっていますが「茶道が好きだ」と決めるまでは好きなことなどありませんでした。

むしろ、やりたいこともないのに生きていくのに耐えられない、と毎日考えていました。

今回は「好きなこと」を見つけた経緯についてお話ししようと思います。

1、やってみないと好きかどうかわからない
2、やってみて、考えてみる
3、性格が行動を決めるのではなく、行動が性格を決める。あるいは過去が現在を決めるのではなく、現在が過去を決めている。

1、やってみないと好きかどうかわからない

やりたいことがないんだよね、と言う人におすすめなのは、いろいろやってみることです。

世の中にあるものの全てを経験してしまった、という人は次の「やってみて感じた違和感を分析してみる」を参考にしてみていただきたいと思いますが、全て経験してしまった人っていないと思うので、いろいろやってみてください。

やりたいことリスト100をつくってみるのもおすすめですし、友達に誘われたことを片っ端からやってみてもいいと思います。

ピカピカの泥団子をつくるとか、ライターやマッチをつかわずに焚火をしてステーキを焼くとか、ベッドを自作してみるとか、ボルダリングをやってみるとか、ゴルフの打ちっぱなしに行ってみるとか、読んだことのない漫画を読んでみるとか、川で綺麗だと思う石を10個探すとか、なんでもいいです。

僕の場合は、幼いころに母が亡くなっている関係で父の祖父母の家で育ったのですが、母親がいないぶん、一人で遊んだり、妹と遊んだり、友達と遊んだり、習い事をしたりして過ごす時間が多かったかもしれません。誰と比較するわけでもないのですが。

伯父が植物に詳しかったので山芋を掘りに行ったり、タラの芽を採りに行ったり
伯母がピアノの先生をしていたので12年くらいピアノを習った
ぜんそくが治ると言われてスイミングスクールに4年くらい通ったり
パワプロのサクセスで100人くらい選手をつくったり
遊技王大会を何度も開催したり
ポケモンの自作漫画を描いたり
秘密基地を10個くらいつくったり
クリスマスの時に松ぼっくりをつかったクリスマスツリーを作って1個100円で売ってお小遣い稼ぎをしたり
好きな女の子と一緒に書道を3年くらい習ったり
好きな女の子の家でやっていた空手教室に3年くらい通ったり
中学校の図書室の本を3000冊くらい読んでみたり
結果的には万年補欠だったけれど中学校では野球部に入ったり
引きこもってアニメをずっと見ていたり
一人カラオケに通って歌を練習したり
漫画喫茶に通い詰めて漫画を読みまくったり
高校ではマーチングバンド部に入ってドラムをやったり
文化祭で女装コンテストに出てみたり
家族旅行で日本の47都道府県のうち40くらいの都道府県には連れて行ってもらったと思います。

あまりやりたいことはなかったので、誘われたこととか、気になったことは逆にいろいろ手を出していました。

母親がいない分、父は気を使ってくれて、やりたいといった習いごとにも惜しまずお金を出してくれたようなところもありました。

やりたいことをやれてこれた、と言うと、順風満帆な人生だったと思われるのですが、みなさんもそうであるように、僕も良いことばかりあった人生ではありません。

家で祖父母はいつも「母親が虚弱で早く死んだから平穏な老後が過ごせなくなった」と言っていました
意識せずに人をイジメてしまっていたこともありますし、イジメられたこともあります。
派閥争いに巻き込まれた結果、ていのいい標的にされて野球部の時にはキャッチボールをしてくれる相手もいないくらいにボッチでした。
変声期の時に人と喋らずにいたので、声がほとんど出なくなりました。

それでも、いろいろやっていました。

2、やってみて、考えてみる

そう考えると、いろいろなことをすると、いろいろなことが起こって、いろいろなことを 考えます。

母親がいないって本当に普通じゃないのかな
体力がないし運動のための努力ってできないな
色弱だから赤が弱くて色の認識が苦手だな
本を読むのは苦にならないし他の人に比べても読書量多いな
楽譜は読めないけど弾いてるのを見ていたらなんとなくマネできて弾けるな
イジメられるのも嫌だけど、イジメるのはもっと嫌だな
とか、いろいろ。

そして、大学に入ってたまたま初対面の先輩に誘われたまま茶道部に入部しました。

僕は、母が31歳で亡くなっていることを考えすぎてしまっていたので暇があれば「なぜ死ぬのに生きるのか」「生きることは結局無意味ではないのか」「生きることの意味はなんなのか」といつも考えていました。

根本の部分で「これをしていたらなんの意味があるんだ」と斜に構えていたので、熱中できなかったような気もしますし、だから人間関係もうまくいかなかったんだろうとも思います。斜に構えていた自覚はなかったのですが、きっと斜に構えていたのでしょう。そういう態度は往々にして見透かされるものです。

でも、確実に、今までやったことはなにかが違う。という自信がありました。一つ一つ言語化していったらキリがないですが、すべての出来事へのしっくりこなさから、「まだ自分は生きる意味を見いだせることに出会っていない」と思っていました。周囲の人は生きる意味があるから生きているんだな、うらやましいな、と思っていました。

自分の性格が原因で「何事にも意味を見いだせないのだろうか」と考えていました。

3、過去が現在を決めるのではなく、現在が過去を決めている。

英国ハートフォードシャー大学の教授であり心理学者のリチャード・ワイズマンは『その科学があなたを変える』で興味深い説を提唱しています。

笑えば幸せを感じる、誰かと手を握るとなぜか相手が魅力的に思えてくる、筋肉を緊張させるとやる気が出るなど、様々な研究結果をもとに、従来の「性格が行動を決めている」という考え方よりも「行動が性格を決める」と明らかにしました。「アズイフ(のように)の法則」です。

つまり、僕の場合は
母親がいないから人とのコミュニケーションのとりかたがわからないのだ
イジメてしまったから競争に臆病になってしまったのだ
イジメられたから人間不信になったのだ
肉親の死を幼いころに経験したから生きる意味がわからずに悩んでいるのだ
という、広義での「性格」は実はその因果関係ではなく、「現在の行動」に規定されているのだ、ということです。

日々を慈しんでいないから、生を退屈なものだと思い込み
人を愛そうとしていないから、内向的な性格だと思い込んでいるのだ
と、そう思ったのでした。

これはアドラー心理学の『嫌われる勇気』でも別の言い方で言われています。

過去の原因にばかり目を向け、原因だけで物事を説明しようとすると、話はおのずと「決定論」に行きつきます、すなわち、われわれの現在、そして未来は、全てが過去の出来事によって決定済みであり、動かしようのないものである、と

アドラー心理学では過去の「原因」ではなく、いまの「目的」を考えます

ご友人は「不安だから、外に出られない」のではありません。順番は逆で「外に出たくないから、不安という感情をつくり出している」と考えるのです。

つまりご友人には「外に出ない」という目的があって、その目的を達成する手段として、不安や恐怖といった感情をこしらえているのです。アドラー心理学ではこれを「目的論」と呼びます。

と。

茶道は、不完全を愛すること、日々に美を見出すことを教えてくれた

自分はどういう生き方をしたいのだろうか、と悩んでいた時にたまたま入部した茶道部
幸運にも流派の家元にご指導していただく機会があり、茶道をしている方々との出会いや、聞いたお話を通じて「そういう生き方をしたい」と思うようになりました。

大学の卒業論文では茶の歴史と文化の変容についてまとめていました。

茶は中国雲南省の最南端で発見されたと考えられ、茶葉を人類が利用し始めたのは数千年前と想定されています。日本には茶は自生していなかったため、約1200年ほど前に中国(唐)に渡った永忠、最澄空海らが、仏教や土木建築技術、医療技術などとともに日本に持ち帰ったようです。

茶は、最先端の飲み物であると同時にその豊富な栄養から「薬」として引用され、仏教と密接に結びつきながら天皇に捧げられ、将軍に献上され、貴族のたしなみになり、芸術鑑賞に欠かせない飲み物になっていきました。

一方では僧侶たちによって市井の人々の栄養剤としてふるまわれつつも、しだいに足利時代には中国から輸入した美術品と調和し、芸術性を高めていきました。

それまでばらばらだった貴族の茶と市井の人のお茶を融合させて、精神性を極地まで高めたのが千利休です。

「茶道とはなにか」という問いには一言で答えることはできません。茶道に触れる人々のなかにそれは生じるからです。1200年の歴史を耐え抜いた今、茶は無限の側面を持っています。

とあるキリスト教の方とお話ししていた時に「茶道は、ある意味で宗教である」という話になったことがあります。宗教は人間の発明の一つで、人間に生きる意味を与えてくれるし、生きる上での基本的なルールを提示してくれるものでもあります。神仏などの超自然的存在に対する信仰、教義、儀礼、組織をもって宗教と定義するとの向きもあり、そういう意味でアニミズムや仏教は宗教ではないという見解もあるようですが、神はそれぞれの信仰心の外部化であると僕は考えています。クリスマスはケーキを食べるし初詣には神社に行く、も無意識の信仰心の外部化です。

『完全教祖マニュアル』はタイトルも胡散臭いし、言葉選びも宗教を小バカにしていますが、内容はいい本です。

死後の世界や霊魂があるような気がする。お墓参りも宗教の一部です。現代の日本人は宗教に嫌悪感がありますが、明治政府の政策である神仏分離廃仏毀釈。そして戦後の天皇崇拝の解体、オウム真理教サリン事件、幸福の科学の降霊術などもあって「宗教」そのものへの不信感がありがちですが、全否定すべきものでも無いでしょう。

さて、岡倉天心は『茶の本』の冒頭でこう述べています。

茶は日常生活の俗事の中に美を崇拝する一種の審美的宗教すなわち茶道の域に達す

と。

茶は薬用として始まり後飲料となる。シナにおいては八世紀に高雅な遊びの一つとして詩歌の域に達した。十五世紀に至り日本はこれを高めて一種の審美的宗教、すなわち茶道にまで進めた。茶道は日常生活の俗事の中に存する美しきものを崇拝することに基づく一種の儀式であって、純粋と調和、相互愛の神秘、社会秩序のローマン主義を諄々と教えるものである。茶道の要義は「不完全なもの」を崇拝するにある。いわゆる人生というこの不可解なもののうちに、何か可能なものを成就しようとするやさしい企てであるから。

不完全であることの肯定、日々の移ろいに美を見出す思想、人生という不可解なもののうちに可能なものを成就しようとするやさしい企て。岡倉天心アジテーターでプロデューサーですから、茶道のことを魅力的に言語化しすぎている部分は否めませんが、はじめて『茶の本』を読んだときは感動しました。その時茶道歴2年。

山月記』の「人生は何事もなさぬにはあまりにも長いが、何事かをなすにはあまりにも短い」を思い出す美文です。

茶道の「所作(行動)」を学んでいく中で、確実に自分の中での意識が変わっていく実感がありました。
些細な変化に敏感になったり、日々に美しさを見出すようになったと思います。(自分比)



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茶道の稽古をしていくなかでようやく「生きている意味は無くていいんだ」と気づけた瞬間がありました。そしてもうひとつ、たった一杯の茶で心から喜んでもらえたできごとがあり「生きる意味はこうして自分の手でつくっていくものなのだ」と分かったのでした。

そしてそれは「自分は茶によって、自分の生きる意味を作っていけるのだ」と信じ切ってしまって「茶人をやろう」という謎の思考を経て、今に至るということになります。


紆余曲折が自分をつくる

さいころから「好きなこと」「情熱を注げること」が見つかった人は今でもうらやましく感じます。意義のある、密度の濃い人生を歩んできたんだろうと嫉妬心もあります。もちろん、彼ら彼女らにはそれぞれの苦悩があるわけですが。

日本の現代の哲学者、國分功一朗は『暇と退屈の倫理学』のなかでこう言います

生きているという感覚の欠如、生きていることの意味の不在、何をしてもいいが何もすることがないう欠落感、そうしたなかに生きているとき、人は「打ち込む」こと、「没頭する」ことを渇望する。

哲学の分野ではこういう心配事がありました。人類が目指してきたはずの豊かさが達成されたとき、逆に人が不幸になってしまうのではないか、と。

20世紀初頭のヨーロッパですでに多くのことが成し遂げられ、これから若者たちが作り上げねばならない新世界などもはや存在しないように思われ、したがって、若者にはあまりやることがなく、だからこそ若者は不幸なのだ。とイギリスの哲学者バートランド・ラッセルは『幸福論』で述べています。

どうでしょうか。生きることの意味の不在はたしかにあるような気がします。生きること(食べること)に必死にならなくても生きていきやすい時代になったからなのでしょうか。私たちは生きている間に、なにをすればいいのでしょうか。

どんなに没頭している他人の人生を羨んでも、自分の人生は自分しか生きることができません。

ただ、生きる意味のなさを抱えたまま生きていくのは、自分は耐えきれない気がしました。

だからこそ、誰だってもっとこういう人生を送りたい、人生を変えたい、という気持ちはいつだって持っていいし、挑戦していい。神様はなにも禁止なんかしてない、んですよね。

お茶で生きていきたいと思ったときは、生まれてから茶道を学んできた方々がいるのに自分なんか、とか、80歳でも「私なんかまだまだよ」と言っているおばあちゃんがいたりするのに自分なんか、と思いましたが、自分が今までの人生で経験したこと、感じたこと、考えたことは自分だけのもので、他人は同じことができない、と思ったら気が楽になりました。

やりたいことを見つけたい、好きなことを見つけたい、と思う気持ちがあるなら、その心に素直になって、自分と向き合えば、すぐに見つかると思います。

今度から、浜松駅の近くのザザシティで「すべてのコトを起こす人」のためのコミュニティにドリンク担当として入ることになりました。

www.fu-se.jp


コミュニティは会員制ですが、会員メンバーだけでなく、一般の人にもお茶を飲めるようにやっていきます。

自分と向き合うお茶
マインドフルネスのお茶
おもてなしのお茶
それぞれの好みの味のお茶

いろんな形でお茶の提供を実験していきたいと思っていきます。これも、僕が今やってみたいことです。

ぜひ興味を持った方はいらしてください。日程などはまた追って公開いたします。

参考文献

嫌われる勇気

嫌われる勇気

茶の本

茶の本

茶の本 (岩波文庫)

茶の本 (岩波文庫)

山月記・李陵 他九篇 (岩波文庫)

山月記・李陵 他九篇 (岩波文庫)

暇と退屈の倫理学

暇と退屈の倫理学

  • 作者:國分 功一郎
  • 発売日: 2011/10/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
幸福論(ラッセル) (岩波文庫)

幸福論(ラッセル) (岩波文庫)