Everything is better than

日記ということにします。しばらくは。

好きなことをしているだけでも心理的苦痛はある。

「好きなことをやって生きているからラクをしている、苦しみがない」ということはない

大学時代に茶道部で茶道を学び、卒論で「茶の歴史文化の変容」についてまとめ、大学卒業後から「茶人」と名乗って生きてきました。

活動5年目になりますが、小規模なお茶会の開催やイベントでの出展、鳥羽グランドホテルでのウェルカム抹茶などを通して6000人以上の方にお茶をふるまってきて今に至ります。


様々な人と接する中で

「好きなことやって生きていくなんて人生は甘くないんだよ」
「若いうちからラクをして生きていこうとするとロクな将来が待ってないぞ」
「若いのに隠居暮らしみたいで人生捨ててるぞ」

と厳しいお言葉を頂くこともあります。

一方で

「あなたのお茶を飲んでなぜだか涙が出た」
「こんなにお茶をおいしいと思ったのは初めてだ」

など嬉しくなって元気が出るような声を頂くこともありました。

最近、「好きなことで生きていきたい」、「好きなことでイベントを開いてみたい」という相談を受けるようになってきたので、自分の経験を踏まえて、お話したいと思います。

多くの人と接してずっと考えてきたのは

好きなことをやっていても心理苦痛は平等にある、ということです。
決して、「好きなことをやって生きているからラクをしている、苦しみがない」ということはないです。

「好きなこと」の「楽しさ」の中身

たとえば、僕が子どものころ、遊戯王というカードゲームが流行っていました。今でも楽しんでいる方はたくさんいるようで、たまにやりたくなります。
先日、YouTubeでデヴィ婦人がやっていてウケました。


【遊戯王】デヴィ夫人初デュエル!ラッシュマスターダイスケに大差で勝利?【ラッシュデュエル】


簡単に説明すると低級モンスター、上級モンスター、効果門スター魔法、罠、などのカードを40枚ほどのデッキとして組んで、闘うゲームです。

様々な効果や能力があって、人気なカードもあれば人気のないカードもあり、交換し合ったり、カードショップで購入したりもできます。

「強いデッキ」のようなテンプレートもあって、そのとおりに組んでいけばあるていど勝てるみたいなところもあったり、自分でゼロから誰も作っていないようなデッキを開発して友達を驚かせるのも醍醐味だったりもします。

けど、遊戯王をやっていても「楽しんでいる人」と「楽しんでいない人」がいますよね。

自分の頭でデッキを組むのが苦手な人もいる
お金がなくて新しいカードを買えなくてつまらない人もいる
現実の力関係で理不尽なカード交換をさせられる人もいる
友達が少なくていろんな人と交流できない人もいる

1人でコレクションしてるだけで楽しい人もいる
勝つのが一番楽しい人もいる
勝てなくても一緒に遊ぶだけで楽しめる人もいる
カードゲーム自体は好きじゃないけどみんなと仲良く遊べるから楽しんでいる人もいる
戦略的に考えてデッキを組んで、大会に出たい人もいる

強くなりたい、いろんなカードが欲しい、みんなと遊びたい。など、いろんな欲求があるけど、その欲求が満たされるから「好き」だし「楽しい」と考えることができます。

でも、

新しいカードが欲しい、けど、お金がない。だからお手伝いをもっとやってお小遣いをふやしてもらうとか
もっと勝てるようになりたい、けど、お金がない。だから頭を使ってデッキを開発したり、友達に必要なカードを交換してもらうとか
もっと勝ち続けたい、けど、勝ってばかりいると友達のやる気を無くしてしまう。だからたまに負けないといけないとか
もっと知らない人と闘ってみたい、けど、人見知りだから声を掛けられない。勇気を出して声を掛けてみるとか

好きなことをしている中でも、我慢とか、努力とか、交渉とか、勉強とか、人間関係とかあります。

あいつはズルをしているとか、あいつはムカつくからみんな遊ぶなよと言われたりとか。

料理も、野球も、書道も、空手も、絵を描くのも、なにをやっても、そういう苦しさってありますよね。

「生きていく」って考えると大き過ぎることかもしれませんが、「自分がどうやって、売り物をつくって、売って、稼いで、生活を立てて、社会に貢献するか」そして「その時に訪れる壁や障害、自分自身の恐怖や不安をどう乗り越えるか」と考えると、遊戯王のデッキを組むのや、友達と闘うのと似てるなあと思ったりもします。

なにをしていても、痛みがある

自分と向き合わないといけない。
自分の未来に責任を持って未来を考える。
自分がするべきことを自分で考えて決める。
「普通の価値観」から外れる覚悟をする。
人に嫌われる覚悟をする。
人に否定される、拒絶される覚悟をする。

って、「痛み」があるんですよね。

今のままなにもしなければ、新たな悩みや不安は生まれないのにわざわざ自分から動き回って「状況を良くするかもしれないし、悪くするかもしれない」「人から好かれるかもしれないし、嫌われるかもしれない」から。

部活動で部長をやるのだって人間関係がつらくて毎日泣いて過ごす日々がありますよね
飲み会の幹事も、返事をしてくれない人がいたり、お店に文句を言う人がいたり、めんどくさいです
10人くらいの人の前で自分の意見を言うのだって、否定されないか、反論されないか、不安になります
恋愛も、どうせ別れることになるなら最初から好きにならないほうがマシだ、って思うことがありますよね

人は損失を回避したい

ノーベル経済学賞を受賞したユダヤ人の行動経済学者、ダニエル・カーネマンは『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか』において、プロスペクト理論を提唱しています。

質問1:あなたの目の前に、以下の二つの選択肢があったとしてどちらを選びますか。
選択肢A: 100万円が無条件で手に入る。
選択肢B: コインを投げ、表が出たら200万円が手に入るが、裏が出たら何も手に入らない。

質問2:あなたは200万円の負債を抱えているものとする。そのとき、どちらを選びますか。
選択肢A:無条件で負債が100万円減額され、負債総額が100万円となる。
選択肢B:コインを投げ、表が出たら支払いが全額免除されるが、裏が出たら負債総額は変わらない。

質問1では、多くの人は選択肢Aを選びます。確実に手に入る100万円を選択するわけです。

質問2に対しては、多くの人が選択肢Bを選びます。負債が全部なくなるかもしれないほうが魅力的だからです。

これは価値獲得の確率で言えば、同じ話をしています。
質問1では
100%×100万円=100万円
50%×200万円=100万円
です。

しかし、利益が入らないというリスクを回避したいという心理によって、人は100%でもらえる100万円を選びます。

また、質問2では今手元にある損失をすべて手放したいという心理から選択しやすくなるのだそうです。
この実験では、たいていの人は金額が同じ場合、利得の喜びよりも損失の痛みを感じやすいことを立証していて、この傾向を「損失回避バイアス」と名づけています。
数字的には、失うストレスは得る喜びの2~2.5倍も強いのだそうです。

『インベスターZ』の2巻でもプロスペクト理論は紹介されています。投資部の1年生財前は初めて買ったゲーキチ株が11%上昇をしたことで利益は3億円。先輩には「早く売れ」と言われるものの、「もっと上がる」と欲を出して待っていたら株価は急落。



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ゲーキチ株の急落を知った先輩たちは「こういう時は大抵思考停止になるものだ」と財前の心理状態を推測しますが、予想に反して財前は自分の判断で損失が出る前に売りぬくことができました。



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プロスペクト理論を投資家心理にあてはめると、人は最初に50万円損したときのよりも追加で50万円損しているときのほうが心理的苦痛は小さくなるのだと紹介されます。



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そして財前は「株は買うことよりも売ることのほうが重要だ」と学ぶのです。

株という遠い話ではなくとも、身近ないたるところで「損失を回避したい」「利益を得るよりも、損失が減るほうがいい」という心理状態になることは人は多々あります。

好きなことをしていてもわがままができるわけではない

好きなことをやっていると、自由でわがままにできるんじゃないか、いう想像や期待は、実はそんなことはなくて、そもそも人はなにをしていても苦痛を感じてしまう生き物なのですし、自由こそ責任がすべて自分に帰属するので苦しい時があります。

すべてが自分の経験になっているので一面的に「苦しいこと」「嫌なこと」と切り捨てることは無意味ですが、いくつか紹介してみると

・茶畑のバイトに行ったとき、体力はない、力もない、マニュアル車(軽トラ)も運転できないので「君は雑草を食べてくれるヤギよりも役に立たないね」と言われたこと
・たまたま居合わせたおじさんに「抹茶くらい俺でも点てられるのに、そんなんで金を稼ごうとしてるなんて甘すぎる」と言われたこと
・「そんなことやってるのは人生の無駄遣いだよ、もっと社会に貢献できたり有名になったりお金を稼げることをやりなよ」と会って5時間で言われたこと
・2年くらい会っても話してもいない後輩に悪口を言いふらされていたこと
・パーティでお茶を点ててくれと言われて大きなスーツケースに割れ物のお茶のセットを持って行った結果、100人のパーティで2人だけがお茶を飲み、1000円の売り上げだったこと
・「20代で茶人を名乗っているなんて、私はもう40年はやってるけど、茶道を胸を張って語れないよ(おこがましいよあんたは、という意味)」と突然言われた
・「交流カフェ」として開催するも、3か月くらいは毎回3人くらい来るだけでなんの「交流」も発生しなかったこと
・今年の4月にも過労で扁桃腺が腫れて39度の熱で1週間寝込んだ後に1週間入院。

などです。


僕は借金などはしていないので激しいエピソードなども特にありませんが、人並みに「みじめな思い」はしている自負があります。
過労による扁桃腺の腫れはクセになってしまって、今でも身体が疲れるとパンパンに腫れています。摘出手術しようかな、と思っています。

また、「嫌なこと」のエピソードを紹介しようと書いていて思ったのですが「嫌なこと」はあまり思い出せません。すみません。瞑想をしているからだと思います。

瞑想で「嫌なこと」を静められる理由

Googleの元エンジニアが瞑想研修で行われている内容を本にまとめた『サーチ・インサイド・ユアセルフ』では瞑想をすると、心がリラックスして、隙のない状態になる。と言っています。

瞑想をするとはどういうことなのか?は深淵な内容になりますが、元エンジニアが書いた本なのでスピリチュアル的な言い方ではなく、科学的論理的な説明がされていていい本ですが、この本で引用されている、たとえ話があります。

水の入った壺があって、底には澱(おり)がたくさんたまっている。その壺をたえず揺すっていたら、水は濁る。だが、揺するのをやめてそっと床に置いておけば、水は鎮まり、しばらくすると全部そこにたまり、水は好き通る。これこそが、リラックスしていて、しかも隙のない心の状態を表す古典的なたとえだ。この状態では、壺を揺するのをやめるのと同じように、心を揺り動かすのをやめたわけだ。やがて水が鎮まり、好き通って見えるのと同じで、心も穏やかで明瞭になる。

と。

澱というのはゴミのようなものですね、泥でもいいかもしれない。そうして汚れている水は、嫌なことや不安なことがある人間の心のたとえです。人は「あれが嫌だった」「これがムカついた」と何度も反すうして嫌な気持ちを増大させてしまいがちです。過去のできごとでも何度も思い返して嫌な気持ちになることができます。

瞑想は「嫌な気持ち」が渦巻いた心を静かに整え、心の底のほうに静かに沈める作業なのかもしれません。

SIY(サーチ・インサイド・ユアセルフ)の講師、イヴォンヌ・ギンズバーグは瞑想の単純なやり方について、こう提案しています。

大きく息を吸い込み、胸郭を引き上げます。背骨の位置をそっと保ったまま、息を吐きだし、肩の力を抜いて下がるのにまかせます。こうして、川の流れと山の安定感を同時に体現するのです。

難しいことは考えず大丈夫です。
・目は閉じていてもいいし開けていてもいい
・座禅の姿勢にこだわらなくてもいい
のです。

僕は毎日、胡坐で座って、呼吸に注意を向けて、1から9まで呼吸を数えて、10までいったらまた1から繰り返して数えるだけの瞑想をしています。

いくつかの目的によって種類もあるのですが、まずは基本的なマインドフルネスの習慣をつけることをおすすめします。

生きていると、嫌な出来事もあればいい出来事もあります。前述の「損失回避バイアス」で紹介しましたが、失ったストレスは得る喜びの2~2.5倍も大きいという考え方を使うと、負の感情は正の感情2個~2.5個分の大きさがあると考えることもできます。

喜びや嬉しさ、楽しさにフォーカスして、悲しみや苦しみと言ったネガティブな感情よりもポジティブな感情を優先して3倍くらい数えるようにすると、いいかんじなのだと思います。

結論、なにをしていても嫌なことはあるし、良いこともある。という話でした。
どっちにしても同じなら、好きなことをしているうちに生まれてきた嫌なことのほうが我慢できるかな、というかんじでやっています。

今度から、浜松駅のザザシティで「コトを起こすすべての人」をサポートするFUSEというコミュニティのドリンクを担当することになりました。

www.fu-se.jp

自分と向き合うためのお茶
マインドフルネスのためのお茶
人に喜んでもらうためのお茶
など、お茶の可能性を探りながら、提供します。

「好きなこと」をはじめたい人を応援しています。